山根塾奮闘記
小学生から社会人までを相手に日々奮闘する山根塾鬼塾長の苦悩。

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試練の哲学

50になってしまいました。いや、もしかしてもうすぐ51かな?

40代の頃には思ってもみなかった「思考」が常にめぐる歳。な~んか、50を過ぎてからと言うもの、人の優しさが骨身にしみるし(笑)、今まであった当たり前のことや当たり前にあった存在が、かけがえなく大切になったり。ちょっとしたことで涙が流れたり。歳をとることの鬱も一人前に感じたりする。

歳をとるってことは、やはりどんな人も怖いんです、不安なんです。でも、それだけなら・・・とてもとても、歳をとるってことは、耐え難い苦痛。


だけど、「昔に戻りたい~」と泣くほどは望まないし、今は今でそれなりにいい。同じように歳くっていく家内もこれまたいい。だんだんしぼんでいく(笑)両親もまたいい。お互いに思いやりがあって、あまり干渉しすぎず、なおかつ何かあったらいつでもどこへでも飛んでいく「覚悟」を持って「大切な人たち」を見守る毎日。そう、この「見守る」ってのは、目に見えないけど結構大切なことだし、人として普通に生きていればこれは必然。そうなっていく、見守りたくなっていくんだ。

そんなところが、歳とることのよさ。だけど、やはり、一人になると怖い。ましてや、客観的に寿命があまり残っていない父や母は、絶対にもっと怖い・・・はず。けれど、それを超越して心から微笑むことが出来る。それが歳をとるということなのかな~。

こんなことを思うと、やっぱ歳をとるってことは試練の哲学だ~。


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