山根塾奮闘記
小学生から社会人までを相手に日々奮闘する山根塾鬼塾長の苦悩。

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「生きる」という意味を知る

 その昔、ペットを飼った。数年後、離れの倉庫で静かに息を引き取った。そのとき、「死」というものをはじめて認識した。


 それから数年後、肉親を初めて失うという経験をした。ワタクシにとっての避難の場所であり、安堵の場所であった祖母。すでに幼い記憶は薄れつつあるのだが、学校帰りに大便がしたくてたまらなくなった時、いつも祖母の家に「ば~ちゃ~ん、ウンコ~!!」と叫びながら駆け込んでいたものだった。つまり、それがワタクシにとっての避難所。かなり常習化していたことを顧みると、その駆け込む瞬間が自身にとってかなりの「快感」となっていたようである(笑)。用を足した直後いただいたおやつのおししいことといったら、とても言葉では表現しきれない。つまり、それが安堵の場所。ワタクシが小学校5年生のクリスマスイブ・・・そのときを最後にこの「快楽」は終止符を打った。初めて葬儀というものに参列し、それまで実体感のあった祖母が骨になるところまでをすべて経験した。で、「死」というものが人間にとって避けられないものであることを悟った。それから数ヶ月間というもの、夜が怖くて怖くてたまらなかった・・・のをハッキリと記憶している。「死」ということの認識・・・たかだか小学5年の純朴な?(笑)少年にとってはあまりに酷な宣告であったに違いない。


 その後、青春時代を迎えて何ら悩みのない楽しい日々が続いていたのだが、その刹那にも、同級生の自殺、同じ寮で暮らしていた友の自殺という、ショッキングは事態にも遭遇した。自分とは無縁と思われていた世界があることの認識・・・これはこれで、さほどショックは大きくなかったのであるが、それも、やはり自身の当時の何も苦労のない人生のおかげであったのかもしれない。自殺という行為はすでにテレビや新聞では多く見聞きしていたわけで、身近なところにそういう人がいたということを若干ショックには感じてはいたのであろうが、そのショックを相殺してしまうほど、自身には当面の鮮明な目標設定があったし、そういうことをすぐにわすれさせるほど当時の人生は楽しくかつ忙しかった。


 大学を出て、仕事を持った。当時は自身をも含めて、知人の結婚ラッシュだ。人間の幸せの絶頂をすべての人からいただいたし、自身もこれが永遠であって欲しい、いや、こういう楽しい時期が永遠に続くものと錯覚する一時期であった。


 今のワタクシの人生は、いわばこの延長線上にある。釣りという趣味を持ち、大切な友も新しく出来た。「獲物を獲る」という純粋な行為のみを媒介とした純粋な趣味の友。利害関係が一切介在しない世界ならではの心地よい友だ。こういうのはハンドボールを通じて培われた友情以来とも言える。


 昔の職場でお父さんを早くに亡くされた先生とお話させていただく機会が幾度となくあった。「死」というものが、時と場所を選ばないということを、この方とのお話の中で、実体感がないままではあったが、納得した気分になっていた。その方のお気持ちをどれほど理解してあげていたのか?今では恥ずかしいくらいに、あたかも自身が心底理解しているかのように「語り合って」いたような気がする。


 やがて、祖父の死に直面した。この死はまさに壮絶な闘いであった。見舞いに行くのが辛くて胸が締めつけられるほど、本人は苦しみもがいたあげく、逝ってしまった。人の死がこれほど苦しく、かつ見苦しいほど壮絶なのか??・・・やっと逝ってくれたことに正直安堵し、本心から「やっと楽になれたね」と言ってあげられた。かなりきつい体験であったが、ずっと付き添っていた祖母にとってはまさに骨身を削る数ヶ月であったにちがいない。当時40になりかけた自分の「健康」を案じた一瞬でもあった。病魔による死がいかに惨めで後悔の念に耐えないものか、・・・自身の健康は自身が管理しなければ・・・それが祖父のくれた大切なメッセージ(時が経てしまえばわすれてしまうメッセージ・・・悲しいかな)。


 そして、今・・・昨年の友人の事故死、このたびの親友の過労死。永遠だと思っていた楽しい日々と楽しい語らいが突然ストップ。これには正直、自分の方向を見失ってしまうほどのショックを受けたし、未だに一人になると考え込んでしまう。まったく想定していなかった死だけに、なかなか実感が湧かない。普通にどこかでまだ生きているような気がしてならないのだ。とにかく、とうぜんのことながら何のメッセージもなし、思考がまとまらない。しかし、こういう「死」からも、学ばなければならない年齢になっていることだけは確実。


 「死」から学ぶこと・・・それは「生きる」ということ。一見矛盾しているようには見えるが、我々は「生き」ながら「死ぬ」ということを学ぶし、「死」から「生きる」ということを学ぶ。とてもキツイ経験ではあるのだが、もはや年齢的にもそれを避けては通れない時期にあるのだろうな~。覚悟を決めたなら、また歩み始めるのみ。親友の死からハッキリと貴重な心のメッセージを受け取った。ならばそれでよい。ワタクシにできること、それは残された人生を歩むことのみ。


 親友よ!また会おう!それまでは、しばし君たちのことは年に数回だけ、悪いがそれだけ、思い出したときにまた語り合おう。それではまた。


 


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