山根塾奮闘記
小学生から社会人までを相手に日々奮闘する山根塾鬼塾長の苦悩。

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オヤジたちのハンド1

 アメリカでは「自分のギャラリーを持ちたい」というだけで「裁判」が起こる。「アリー・マクビール」・・・数年前「嵌った」海外ドラマ(NHK放送)。最近夜がもったいないと思う日にはこのドラマの録画を見る。


 一言で言うならば、この海外ドラマのテーマは「置き忘れた夢」・・・日頃頭に思い描いてはいるのだけれど、仕事に押しつぶされて、あるいは、生きるのに精一杯で、とりあえず「棚上げ」にしている「夢」。


 地位も名声も金も、すべて手に入れた有名な老画家がいる。ただ一つ彼に欠けているもの、それは最愛の妻・・・無言のままある日突然逝ってしまった今は亡き妻。絵の腕も衰え、もはや新しい「傑作」を世に出せなくなってしまった彼は、ひたすら「妻」を描き続ける。しかし、もはや「衰えた」筆から生み出されたこれらの妻の絵は、世間一般では決して評価されるものではないいわゆる「駄作」だ。それでも彼は妻を描き続ける。そして、妻の絵で一杯にした「ギャラリー」を持ち、それを多くの人々と分かち合いたいと望む。


 全盛期であった頃の彼は、ひたすら自分の没後のことだけを気にかけ、ひたすら自分の地位と名誉を後世に残すことを思い描く。「いい絵が描けなくなった時がわしの死ぬ時」・・・よく聞くセリフである。「駄作を遺して自分の名誉をおとしめたくない」と願う。


 それを知っている息子は、「駄作が日の目を見るギャラリー」の設立に猛反対。で、裁判に。日本人の感覚では???だが、「訴訟社会アメリカ」では、もしかしたらありうる話。


 判決の時、息子は言う・・・「父が傷つくのを見るのは忍びない。」と。


 「そう!だからこそギャラリーの開設は許可する。」との裁判長の一言がビシッと最後を飾る。



 なんだか最近メチャメチャ涙腺が緩みやすい。こういう「夢」の実現には敏感すぎるほど反応してしまう。年をとった証拠かもしれないが、涙が止まらない(笑)。


 人生ひたすら走り続けてきた結果、「忘れ物」というものは誰にでもあるはず。忘れたわけではないが、ついつい後回しにしてきたもの、無くなってしまった後になってジワジワとその有り難味が感じられるもの、素直になれなくてひたすら威勢を張り続けてきたが本音は・・・というような存在、これらはすべて「人生の忘れ物」。それを思い出すときは必ずある。思い出してまた、ただの思い出としてしまい込むか、あるいは・・・・


(「オヤジたちのハンド2」へ続く)


 


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